Desire to you who finally noticed.

「海堂、お客さ〜ん」



 四時限目が終了し昼休みになる。
 自席で母親が作ってくれた重箱並みのお弁当箱を取り出した瞬間、教室の入り口からクラスメイトに呼ばれた。
 お客さんって誰だ?
 教室の入り口に視線を向ければ・・・・・っ!



「先輩っ」



 何であの人が俺の教室に、っていうか二年棟まで来てるんだっ?!
 ガタガタと机を鳴らして教室の入り口へと急ぐ。



「な・・なんスかっ」
「ん?お昼一緒にどうかなぁと」



 のんびりと乾先輩は言って、目の前にコンビニの袋を掲げられた。
 ・・・・は?
 昼飯・・・・?



「いやなら良いんだけどさ。どぉかなぁと」
「は・・・・ぁ」



 この人、それだけの為に二年棟まで来たのか?
 これで俺が断ったらこの人どうすんだ?



「ムリにとは言わないし」



 なんだ、この人。
 でかい図体して捨てられたような子犬のような顔してんじゃねぇよ・・・・。
 だから不二先輩や菊丸先輩に『キモイ』とか言われんだぞ。



「別に昼飯くらい良いッスよ」
「ホント?!じゃぁさ、今日天気良いから屋上行こうッ」



 嬉々とした表情を浮かべて、「じゃぁ早くお弁当持っておいでよ」なんて。
 変な人だな、本当に。



 そういえば。
 以前部室で不二先輩と菊丸先輩に言われた事がある。



『乾はかおちゃんのこと好きにゃんだよぉ』
『海堂、知ってた?』



 あの時部室には俺と不二先輩と菊丸先輩しか居なくて。
 切っ掛けはなんだったのかわからないけれどそんな話になって。
 ・・・・・別に偏見なんてないし。
 本当に乾先輩が俺の事を好きだなんてこともわからない。不二先輩や菊丸先輩たち特有の冗談かもしれない。
 周りの先輩がたからは『36小悪魔コンビ』とかなんとか言われてる。
 俺は恰好の標的になってるらしい。
 からかわれ易いのか、俺は?



 そんな事を思いながら弁当を取りに自席まで戻る。
 人を好きになるのに男も女も関係ないとは思うけれど、あの先輩に限ってそんな事はないだろうと、俺は思う。
 俺にあんなこと言っていた先輩が、『乾の好きな女のタイプは年上の巨乳!』と叫んでいたのを知ってる。
 その場に乾先輩もいたし、菊丸先輩の言葉を否定しようとしなかった。
 否定しないってことはそういうことなんだろ?



 弁当を持って乾先輩の元へ戻ると、二年棟の屋上への階段を登る。
 どことなくうきうきした感の先輩の後姿。
 なんだ・・・なんでそんなに嬉しそうなんだ?
 屋上までの階段。俺達の間に特別会話はなかった。
 それは別に気になることじゃない。
 俺はこの沈黙が嫌いではないし、どちらかといえば好きかも知れない。



 先に着いた先輩が屋上へ続く鉄の扉を開けて、俺が来るのを待っていてくれる。
 促されるように先輩が支えてくれている扉をくぐり屋上へと足を踏み入れる。
 まだ五月、けれど日差しは少しきつく。学ランを着ていると暑さを感じる。



「本当に良い天気だね」



 背後で扉の閉まる音を聞き、先輩の言葉を聞く。
 屋上には生徒はまばらにしか居なかった。
 俺と先輩は人のあまり居ない場所へ向かって、日のあたるフェンス前に並んで座る。



「海堂のお弁当は、相変わらず豪勢だよね」



 弁当が包まれた風呂敷を解いて蓋を開けた瞬間言われた。
 先輩の手には先ほど掲げられたコンビに袋から出されたサンドウィッチが二種とおにぎり二種にペットボトルのお茶。



「良いなぁ、料理上手なお母さんで」
「・・・・・はぁ」



 母親の料理を褒められるのは、正直照れるけれど、嬉しい。
 専業主婦の自分の母親と違って、先輩のご両親は共働きで家にいることが少なく、息子の弁当を作っていられるほど暇じゃないと。そんなようなことを先輩が以前どこかで、誰かに言っていたのを聞いた事がある。



「いただきます」
「いただきます」



 先輩と昼飯を一緒にするのは別に今日が初めてのことじゃない。
 休日の部活や遠征先。一緒に食べる事は多々ある。
 それこそ、休日の自主練なんかは、二人きりで顔を突き合わせて食べたりもする。



「それだけじゃ足りないっッスよね。なにか食べますか」



 問いかければ、先輩は目を輝かせて「いいの?!」と聞いてくる。



「海堂のお母さんが作る卵焼きは絶品なんだよな」



 そう言って、卵焼きを手づかみしようとする先輩の手を止める。



「先輩、手っ。手掴みするなっていつも言ってるッスよね」
「あぁ・・・・うん。でも今日は箸もなんもないし」



 と、口ごもる先輩の前に、一口サイズに割った卵焼きを箸で掴んで差し出す。
 すると、不透過眼鏡の奥の瞳がぱちくりと瞬きをする。
 あぁ、この距離だと先輩の瞳、見えるんだなぁ、と今更ながら思ったりする。



「た・・・食べさせてくれるの?!」
「仕方がないじゃないッスか。今日はいきなりのことで箸とかもってないんスから」
「う・・・あぁぁぁぁ・・・・」
「なんスか。奇声なんか発して。いやならいいんスよ」
「ぁわわわわわわ・・。いいいいい、いただきます!」



 なんなんだ、この先輩。
 顔赤いぞ、大丈夫なのか?



 ぱくり。



 卵焼きを箸ごと口内に含んで、上目遣いで見つめられた。
 っ・・・・・!
 なんだ・・・・・え・・・・・あ・・・。
 ・・・・・どうした、俺。
 箸を咥えたままの先輩の顔が赤くて、多分俺の顔も・・・・・赤い。



 そんまま固まって。
 時間的にはそんなに経ってないはず。
 それは、だれかの奇声によって壊される。



「あぁぁぁぁ!!乾と薫ちゃんがいちゃいちゃしてる!!」



 聞き覚えのあるその声に、俺は先輩の口に箸を咥えられた恰好のまま。先輩は箸を咥えたまま声の聞こえた方へ視線を向けた。



「ちょっと、不二早く早く!!乾と薫ちゃんがらぶらぶっぷりをみんなに露呈してるにゃ!!」



 ばたばたと足音を鳴らして、菊丸先輩は不二先輩の手を引いて俺達の場所に向かって走ってきた。
 ほこりが立つ・・・・・。
 なんて、冷静に考えられるわけもなく。
 羨ましそうに俺達の前にしゃがみ込んだ菊丸先輩の後ろで、不二先輩は特有のアルカイックスマイルを称え、俺達を見下ろしている。
 なんか・・・・・っていうか・・・・なんでこの二人がここに!?



「いそいそと教室を出て行ったかと思えばやっぱり、海堂の所にいたんだね、乾」
「俺達が呼んだ声にも気づかずどこに行くかと思えば!!」
「で、乾はいつまで海堂の箸を咥えているのかな」
「俺もかおちゃんにあ〜んってされたいっ」
「まったく。乾が海堂のことが好きなのはわかったから、いい加減箸、離しなよ」



 菊丸先輩と不二先輩の会話に、どんどん背中にへんな汗をかいていく。
 この二人がここに居るのは、つまり、目の前で未だ箸を咥えている先輩がつけられたからで。いや、べつにそんな事は関係なくて・・じゃなくて。
 視線を乾先輩に戻せば、同じように視線を戻した先輩と目が合う。
 途端にまた、お互いに顔を赤くしたのがわかって。





「ちょっと、俺達の事忘れてにゃい?」
「まったく。少しは場所を弁えなよ、君たち」
「いつまで見詰め合ったんだよ。もぉぉ。乾キモイ。キモイよ、乾っ」



 わぁわぁ喚く菊丸先輩とアルカイックスマイルを称えて開眼までしている不二先輩。
 右手が軽くなって、乾先輩が口から離したのだとわかる。
 ごくりと、卵焼きが嚥下される音が聞こえて。



「まったく。きみたち人目をはばからずいちゃつき過ぎだよ」
「本当だよにゃぁ」



 菊丸先輩は俺達の前で胡坐をかいて呆れがちに見つめられる。その隣りに不二先輩も座って、相変わらずアルカイックスマイルは健在だ。



「お前ら・・・・・」
「乾が幸せになるのは阻止しにゃいとな」
「そうそう。乾が幸せになるのは阻止しないとね」
「なんなんだ。俺が幸せになるのはいけないのか」
「だめだよにゃぁ、なぁ、不二」
「そうだよね、英二」



 ・・・・・・俺を無視して話を進めるな。
 って、いえたらいいのにな・・・。



「だって、乾キモイんだもん。毎日毎日海堂海堂ってさ」
「そうそう。いい加減好きだって言っちゃいなよ」
「で、くっついちゃえよ。見ている方がヤキモキすんだよ!!」
「乾のクセに」



 好き・・・・・て。
 誰が、誰を。
 あれは菊丸先輩、不二先輩特有の冗談じゃないのか。
 って、なんで乾先輩は顔を赤くしてんだよ、うわっ。こっち見んなっ。



「あ・・・・なんス・・・か」



 気が付けば菊丸先輩も不二先輩も俺を見てる。
 なんだ、俺になにを求めてんだ!!



「乾、言いなよ。ほらっ」
「今言うことじゃないだろう」
「煩いよ、乾に拒否権なんてないんだからね」
「そうそう。言っちゃいなよ、薫ちゃんに」



 うわ・・・・・なんだ。
 何で俺追い詰められてるんだ・・・・・。
 え・・・・。



「海堂」



 なにか覚悟を決めたのか、乾先輩が真面目な顔をして俺に向き直る。
 う・・・なんだ。
 なんなんだ・・・。
 まさかほんとに言うんじゃないだろうな。
 おかしいだろ、なぁ。
 偏見はないけどおかしいだろう・・。
 アンタは年上の巨乳女が好きなんだろう・・・・違うのかっ?!



「好きだ」



 あ・・・・言っちゃったよ、あぁ・・・。
 なんだ。
 本気なのか、なんなんだ!!



「うわぁ。乾本当に告ったよ!!」
「だね。もう少し場所とか雰囲気とか考えなよ」
「なっ、お前達が俺を焚きつけたんだろう!!」
「そうだけどさ。お前頭良いんだからもう少し考えたら?」
「バカだよね、乾」



 けらけら笑って居たかと思えば、菊丸先輩と不二先輩はずいっと俺に詰め寄った。



「で、薫ちゃんは乾のことどう?」
「まぁ聞くまでもないと思うけど」



 なんだ・・・俺は別に先輩のこと好きじゃ・・・・な・・・・・・。
 いや・・・あ・・・・なんだ・・・・。
 あ・・・・。



「薫ちゃん?顔真っ赤だよ。か〜お〜る〜ちゃ〜〜ん」
「海堂、もしかして無自覚?」



 俺・・・俺?!



「薫ちゃんも乾の事好きでしょ?」
「あ・・・そりゃ、部活の先輩ですから」
「それだけじゃないよね。ちゃんと恋愛感情を持って好きだよね、海堂」
「う・・・あ・・・・えっ」
「無自覚かぁ・・・・・。乾も苦労するにゃぁ」



 またけらけら笑って。
 乾先輩を見れば、困ったような顔をしていて。
 なんだ・・・俺・・・あ?!



「ま、いいや。不二、お昼終っちゃうから帰ろう」
「そうだね」
「じゃぁねぇ、乾、薫ちゃん」
「海堂、おじゃましたね」



 来た時と同じようにあわただしく帰っていく両先輩を見送って。
 なんだ・・無自覚ってなんだ。
 え・・・なんだ?



「海堂?」



 呆けていた俺を乾先輩が心配げに見てる。
 無自覚・・・・乾先輩が・・・・俺を・・・好き?
 俺も・・・・・好き・・・なのか?



「いやかもしれないけれど、俺。海堂のこと好きだよ。恋愛感情でね」



 その言葉に、イヤだと思えなくて。
 いや、偏見はもともとないんだけれど。 
 でも・・・なんだ・・・。



「あんた、年上の巨乳が好きなんだろう?」



 苦し紛れに言えば、困ったような顔をして。
 あぁ、やばい。
 俺・・・・あぁ、無自覚ってこういうこと・・・なのかと。



「海堂が好きだよ」



 あぁ、もう。
 これは認めるしかないんだな・・・。



「アンタの事は・・・・・嫌いじゃねぇ」



 好きなんだと思う・・・。
 うん。
 あぁ・・・・でもそんなの言えねぇ・・・・。
 だから・・・・。



「嫌いじゃねぇし、いやでもねぇ」
「そうか、良かった」



 俺の言葉に先輩がほっとしたように笑うから。
 あぁ、俺は先輩が好きなんだなぁ・・・って。



 自覚をしたんだ、先輩が好きだって。









ange croix(※R18)の妃川涼哉さんより、相互リンク御礼として頂きました!
もっとずっと前〜〜〜に、夏の初め頃に頂いていたのですが、挿絵を描かせて頂いてからアップしたい…!と思っているうちにいつの間にか秋に…あばばばすみませんでした!

挿絵は私からの相互リンク御礼です。
妃川さん、素敵なSSを本当にありがとうございました!