辺りに鈍い音と鮮血が散る。
それは一瞬の出来事。
せんぱい。
声にしようとした言葉は口が震えて出てこなかった。
Honey kiss his loving darling
「とりあえずそれ、拭きますよ。じっとしててください」
「わかった。よろしく頼むよ」
校内の保健室で乾は椅子に座らされ、目の前に濡れたタオルが
持ってこられた。
立ったままの海堂はかがんでタオルで慎重に且つ丁寧に乾の額
に広がる血をふき取っていく。
頭の出血というものは実際の傷の深さの割りに多いので
黄緑色のタオルはすぐ真っ赤に染まってしまう。
「悪いね。お前のタオル汚してしまって」
「・・別に。それよりも自分の傷の心配をしてください」
「んー・・それは大丈夫なんじゃないかなあ。一応急所は避け
たし」
他校との練習試合で乾は対戦相手のラケットにぶつかってしま
った。
いや、ぶつけられた、というべきか。
相手の手から汗のせいかラケットがすっぽ抜けて、ネット際に
つめていた
乾が避けられず額に当ててしまったのだ。
「急所を避けたとしてもその時点で試合中断してください。
俺も自分のこと言えませんけど、あんたも大概熱くなりすぎて
る」
「・・やっぱり怒ってる?」
「当たり前だ。前俺が怪我した時は”無理するな”って怒った
くせに自分も同じことしてるじゃないですか」
海堂の言ったとおり、ラケットが当たった瞬間にものの見事な
出血が生じたのだが、乾は試合を続行しようとした。
相手選手もこちらの平部員もあの乾をそう強くは止められず、
他のレギュラーは違うコートで試合中でいない。
ある部員が離れたコートで審判していた竜崎を呼び彼女は来る
なり一喝し
やっとのことで乾は試合をやめたのだった。
そして海堂はいち早く試合が終わり乾の試合しているコートに
行った時ちょうど竜崎が
乾を説得しているところだった。
文字通り、珍しく頭に血が上っているせいか彼は「すぐ終わら
せるから続けさせてください」とくってかかっていた。
海堂はそれを黙って見ている事しか出来なかった。
それが悔しくもあり悲しくもあった。
しばらくして大体の血がふき取られた。
そして手早く側に置いておいた消毒液を綿につける。
「へえ、手馴れたものだね。いつ覚えたんだ?」
「俺が怪我した時、あんたが手当てしてくれた手順見て覚えた
んで」
「なるほど」
液の染み込んだ綿をピンセットでつまみ額の傷にあてる。
痛さよりもその綿の冷たさのほうが先にきて思わず体が動いた
。
「すみません、ちょっときつく当たりましたか」
「や、ちょっと冷たくてびっくりしただけ。大丈夫だよ」
「・・・でも痛いだろ」
「まあ・・そりゃあ痛くないといえば嘘になるけど。俺も一応
人間だからね」
よくロボットとかになぞらえられるけど、と冗談めかして言っ
て笑う。
海堂もつられて笑うかと思ったが、彼は複雑そうな表情のまま
ピンセットを持った右手と左手を乾の両頬にあてて顔を近づけ
て―――
ちゅ。
額の傷に温かいものが触れた気がした。
「あんたが痛いのは、俺が嫌です」
あんたが傷ついても、俺はどうすることもできないから。
「・・うん、わかった。ごめん」
六角戦のとき自分が味わったあの感情を彼にもさせてしまった
ことを気付いた。
大切な人が傷ついた時の思いはどうしようもなく、言い表せな
い。
乾が素直に謝ると海堂は満足そうな表情を浮かべたがその後急
に自分のしたことを自覚したのか、顔を真っ赤にさせた。
「あっ・・・・すんません!!!」
「えーなんで?今俺すっごく嬉しかったんだけど。まさか海堂
が自分からやってくれるなんて
夢にも思わなかったよ」
「っ、もう言うな!!」
「ははは、でもできればもう少し下にしてほしかったなあ〜」
そう言って乾は人差し指をちょん、と海堂の口に当てた。
「・・・・っ!!」
ばっと立ち上がり海堂はこぶしを握り締めたが流石に怪我人に
殴ることは出来ず、
顔を真っ赤にさせて口をぱくぱくするしかなかった。
「あ、ごめん血が出てきた」
「自業自得だボケ!」
生暖かいものが頭から流れてきて慌ててタオルを当てる。
海堂もぶつぶつ言いながらガーゼを取り出し拭き終わった傷に
ふさぐように貼った。
そしてテープをしっかりと貼り付けその上から念のため包帯を
薄く巻いておく。
「ったく、ほら出来ましたよ。思ったよりも傷は浅かったけど
今日はもう無駄に動かないで下さい」
「ありがとう。っていうか無駄にって・・・」
「とりあえず、その好奇心から出てくる行動を抑えれば十分で
す」
「いや好奇心からの行動はデータ収集であってそれを止められ
るのは」
「・・・無駄口もこれで禁止しましょうか」
「あ、ハイすみませんすみません!!」
海堂が引き出しに入っていた傷の縫合用の針と糸を取り出して
こちらに顔を向けたので
乾は必死に謝り倒す。
これまでの付き合い上、彼はやるといったらやる男だ。
何回謝っても返事が返ってこないので恐る恐る顔をあげると
海堂が一転してなにやら笑いをこらえたような顔をしていた。
「・・あれ、海堂?」
「あんたの謝る姿っていつ見ても情けねぇ・・・」
そう言って手で口を押さえながら顔を乾からそむける。
情けないという理由で笑われるのもそれなりにショックなのだ
が
彼が機嫌を直したようなので安心した。
そういえば今までずっと彼は悲しい顔をしていたので笑った顔
をしてくれたのが嬉しかった。
「とにかく、早く治してください。大会も近いんすから」
「うん善処するよ」
そうして、2人は椅子や救急箱を元の位置に片付け保健室から
出ようとした。
試合を途中で棄権して来たので、まだ試合をしている組がある
かもしれない。
ドアを開けると先に出た乾に後ろから声がした。
「・・・・傷が治ったら」
「うん?」
「もう少し下に、してあげます」
もう少し下に、というのはさっき乾が冗談で言ったあの言葉の
ことで、
つまり彼は傷が完治すれば自分から――――
「ええっホント!?あーこれは今日治す!いやあと1時間くら
いで治す!!」
「っ調子に乗るな!そして騒ぐな傷が開く!!!」
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ぎゃいぎゃいと言い合いながら、傍目にはいちゃつきあいなが ら廊下を歩いていく。
窓から差し込む夕日の光が2人を照らしお互いの赤い顔がより
いっそう赤くなって見えた。 |
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| END |
| by.果遠嘉奈さま<FRAGILE.INFINITY> |